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各種学校いろいろ-3 毎日セミナー

首都の商業の中心の新宿区には、どのような各種学校があるのかを調べていると、「毎日セミナー」という不思議な名称の各種学校が目に留まりました。毎日新聞と関連があるのか?…と、検索してみると、毎日新聞社が新聞奨学生のために創設した予備校と判明しました。予備校も各種学校になるということを初めて知りましたが、詳しく調べると、働きながら大学に進学したい学生にとっては、なかなかありがたい仕組みだと思いました。1968年(昭和43年)に創立され、翌年東京都知事から各種学校の認可を受けています。予備校ですが、通常の新聞奨学生同様に「毎日育英会」によるサポート制度があります。 [include file=/rssb/12600/rss.html] 年間の学費は60万円で、全額貸与されます。翌年に支給される奨学金で自動返済される仕組みとなっています。1年間の奨学金は仕事の内容により、60万円又は80万円の2種類となっています。働きながら大学受験をめざすのは、多くの困難を伴います。新聞に関する業務時間帯に配慮した予備校の存在は大きなメリットがあると思います。浪人していると生活のリズムを作るのはなかなか難しいものです。しかし、毎日セミナーの講師によると、決まった時間に新聞配達することによって、昼間は受験勉強に集中できる点と、配達による身体を動かす点が、生活のリズムを生み出し、効果的な受験勉強が可能だそうなのです。 参考: 毎日セミナー [include file=/rssb/12600/rss.html]

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各種学校いろいろ-2 宝塚音楽学校

ここで紹介するまでもない有名な宝塚音楽学校ですが、各種学校として兵庫県から認可されている学校だということを改めて認識しました。創立は1913年(大正2年)宝塚唱歌隊として創立され、5年後に私立宝塚歌劇学校として文部省の認可を受けています。終戦・戦後の一時期生徒の募集を中止しましたが、1946年に「宝塚音楽学校」と校名を変更し、翌年日本の新しい学校制度に対応して、入学年齢を16歳から(19歳まで)と変更しています。1957年に予科と本科の2年制として現在至っています。1939年(昭和14年)に宝塚音楽学校と宝塚劇団は分離されましたが、その後も一貫した連携がなされていることは周知の通りです。 [include file=/rssb/12597/rss.html] HPによる教育の基本方針は、「宝塚歌劇団生徒の養成期間として、音楽、舞踊・演劇等の伎芸を練磨し、舞台人としての素養を習得させ、清廉高雅な人格と教養を育て、立派な舞台人の育成・・・」と掲げられています。「清く正しく美しく」と言う言葉と、その背景に厳しいレッスンがあることは良く知られています。学校法人としては、小学校4年制から中学2年までの女子が入学できる付属学校「宝塚コドモアテネ」を運営しています。声楽、バレエ、日本舞踊の3科目を毎週日曜日に指導されています。日曜だけの授業であっても、通学には制服を着用とされているところが、いかにも宝塚らしいところです。 参考: 学校法人 宝塚音楽学校 [include file=/rssb/12598/rss.html]

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各種学校いろいろ-1 社交ダンスの各種学校?

変り種の各種学校を探してみると、東京の渋谷区に「東京高等ダンス学校」というのがあります。ダンスといっても、主として教えているのは社交ダンスです。社交ダンスはどちらかといえば大人の特殊な娯楽といったイメージですが、1948年設立の60年以上の歴史を誇る、文部科学省・東京都公認のれっきとした各種学校となっています。修業年限は1年間で昼間と夜のコースがあります。今の若者にとって、社交ダンスといえば、一昔のダンスと言ったイメージではないでしょうか。中高年にとっては、異性と付き合う懐かしい青春の思い出かもしれません。 [include file=/rssb/12595/rss.html] しかし設立時期を考えてみると戦後の荒廃した時期で、日本が真に近代化するに際して欧米式のマナーと社交を身につけるために、西條八十をはじめ、多くの文化人が発起人になったと聞いた事があります。ダンスの技術だけではなく、そうした面の教育を教義として設立されたようです。当時の設立に参画した人たちの思いはどのようなものであったのでしょうか。今は一部の愛好家のものになったような感もありますが、一時テレビなどでも芸能人が社交ダンスの腕を競うという番組がありました。社交ダンスといっても、競技ダンスとなるとハードで、まさにアスリートと同じ世界のようです。 [include file=/rssb/12596/rss.html]

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大学の都心回帰

グローバル化の時代といわれて久しいですが、韓国や中国の台頭はあっという間にそれが加速していることを、我々に知らしめました。社内の公用語を英語にする企業も今後増えていくと思います。サラリーマンも生半可なスキルアップ程度では、到底追いつきそうにもない過酷な時代となりました。そのために社会人として働きながら大学院で学ぶケースも増え、また産学連携で研究を行ったり、商品を生み出したりする動きも活発です。進学率の増加や若者人口の増加で、広々したキャンパスを求めて郊外へ進出していった大学が、2000年ごろから再び次々と都心へ戻ってきました。大学院を中心にオープンカレッジを都心に設置するのが一般的です。いくつか例に挙げると2000年の法政大学の市ヶ谷キャンパスにタワー校舎を建設、2001年慶応義塾大学が丸の内キャンパスを開校、2004年に早稲田大学が大学院向けの日本橋キャンパスを開設、明治大学や日本大学は都心にあった校舎を再開発して機能アップを図っているほか、多くの大学が都心に法科大学院を開校しています。 [include file=/rssb/12593/rss.html] なかでも多くの大学が入居している東京駅日本橋口にある「サピアタワー」の8階から10階に設けられた「大学フロア」には東京大学や東北大学も含めて多くの大学が、大学院やオープンカレッジを開設しています。HPによると、埼玉大学の場合の事業内容は、「社会人を対象とした大学院経済科学研究科(博士前期・後期)の夜間授業、及び4大学(茨城大学、宇都宮大学、群馬大学、埼玉大学)の連携IT大学院授業のサテライト教室として開設している」となっています。そのほか公開講座や情報ライブラリィなどとして利用されています。 参考:サピアタワー大学フロア [include file=/rssb/12594/rss.html]

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エクステンションセンター

今やエクステンションセンター設置していない大学は無いのではと思われるくらい、どの大学もエクステンションセンターに力を入れています。大学によって形は様々ですが、キャンパスで一般市民も利用できる講座を設けて、大学として広く社会に貢献するとともに生涯教育に寄与することと、卒業生などに向けに研鑽の場を設けることなどを目的としてスタートしました。広く門戸を広げることで、学生の減少を別の形で補う事ができます。少子化と無縁ではないと思います。しかしその後、社会の多様化とともに、社会人も新たな知識や技能・技術の獲得の必要性が拡大しました。エクステンションセンターが開催するオープンカレッジや公開講座等も、より実質的なスキルアップや資格取得などへと変化しつつあるように思います。 [include file=/rssb/12591/rss.html] 早稲田大学エクステンションセンターの沿革を例に、変化を探ってみましょう。どの大学も公開講座は古くから試みられていたと思いますが、早稲田大学が明確にエクステンションセンターとして発足させたのは1981年です。その後の主な流れとして、1986年にはエクステンションセンター専用棟が完成しています。1988年には公開講座の総称を「オープンカレッジ」と改め、独自の単位制を導入しています。また同年海外留学プログラムを開始しています。1997年には遠隔講義の実験が試みられています。2001年には中央区の廃校となった小学校の校舎を活用して「八丁堀校」を開設しています。より詳細に流れを追ってみると大学のエクステンションセンターが、社会のニーズに応じて様々な試みを追求しているのが分かります。 参考:早稲田大学エクステンションセンター [include file=/rssb/12592/rss.html]

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オープンキャンパス

オープンキャンパスは、高等学校に在籍する学生やその大学に入学しようと考えている人向けに、施設を案内して、より深くその学校を知ってもらおうとする取り組みです。少子化に向けて各大学の学生獲得の一環として、1900年代から、盛んに行われるようになりました。本来は知名度の薄い学校が、いろいろなイベントを企画して、自校に関心を持ってもらえるようにと、取組みしてきたものですが、最近は国立大学の難関校もイベントを開催するようになっています。主に夏休みなどに企画されるようです。 [include file=/rssb/12589/rss.html] 日本に冠たる東京大学の2010年のオープンキャンパスのイベントの内容が、ホームページに掲載されていました。専用のサイトが用意されていて、ポスターなども作られている本格的な取り組みとなっています。人気のようで定員オーバーで申込できなかった希望者への対応なども用意されていました。夏休みの期間に開催され、一日だけのオープンキャンパスですが、ほぼ一日かがりの内容の濃いもののようです。「現役学生による東大ガイダンス」、「キャンパスツアー」、「女子学生コース」、「図書館・博物館や研究所の見学」のほかに、「学部コース」として学部による独自のプログラムが組まれていました。学部によって内容は様々で、ディスカッション等を取り入れる学部もあるようです。法学部は午前・午後の2部制で行う、それぞれ400名の定員の「模擬講義」と、保有する文献等の閲覧とその解説を行う「文献・資料展示、解説」が企画されていました。 参考:東京大学「高校生のためのオープンキャンパス2010」 [include file=/rssb/12590/rss.html]

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特別支援学校

特別支援学校は、学校教育法第8章の特別支援教育に関する規定の中で、第72条に「特別支援学校は、視覚障害者、聴覚障害者、知的障害者、肢体不自由者または病弱者(身体虚弱者を含む。以下同じ)に対して、幼稚園、小学校、中学校又は高等学校に順ずる教育を施すとともに、障害による学習上又は生活上の困難を克服し自立を図るために必要な知識技能を授けることを目的とする。」と規定されています。また78条には、「特別支援学校には、寄宿舎を設けなければならない。ただし、特別の事情があるときは、これを設けないことができる。」とされています。寄宿舎併設が原則なのです。さらに設置義務は都道府県にあると規定されています。 [include file=/rssb/12587/rss.html] 健常者にとって、見えないとか聞こえないということは、分からないなりにもどれだけ不自由にものかと思います。ましてヘレン・ケラーのようにその両方というのは、想像もつきません。それでもそのような人たちのための教育法があり、目覚しい効果を挙げることを考えると、教育の力の大きさに感動します。パソコンが普及し、音声読み上げ機能など便利になる一方、そのパソコンそのもの登場は、障害を持っている人々が乗り越えなくてはならない分野が増えたことにもなります。昔のシンプルな暮らしの方が、障害を持った人々には、生活しやすかったのではないかとも思います。もしかしたら普通の人間にとってもそうなのかもしれません。しかし時代の流れは止められません。だれもがおおらかに暮せる社会が身障者にも暮らしやすい社会だと思います。そんな社会であってほしいものです。 参考:学校教育法 [include file=/rssb/12588/rss.html]

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特別支援学級

手特別支援学級は、以前は特殊学校と称されていました。学校教育法第8章の特別支援教育に関する規定の中で、第81条2項として「小学校、中学校、高等学校及び中等教育学校には、次の各号いずれかに該当する児童及び生徒のために、特別支援学級を置く事ができる。」とあり、各号に規定するものとして、「知的障害者、肢体不自由者、身体虚弱者、弱視者、難聴者、その他障害のあるもので、特別支援学級に置いて教育を行う事が適当なもの。」と規定されています。つぎの3項には、「疾病により療養中の児童及び生徒に対して、特別支援学級を設け、または教師を派遣して、教育を行う事ができる。」とあります。小学校の頃、入院した時に小児病棟に教師が派遣されてきた事があります。その時は授業というより、入院により学力の低下がないかどうか、個別に確認していたようです。 [include file=/rssb/12585/rss.html] 文部科学省にデータによると、平成19年度の特別支援学級数と生徒数は、小学校は26,297校・78,856人、中学校は11,644校・34,521人となっています。担当教師数は、小学校で27,900人、中学校で12,469人となっています。なお中等教育学校には特別支援学級は今のところ無いそうです。子供の状況に応じた適切な義務教育を受ける権利はあり、また社会として重要です。同時に子供のリスクを考え、均一化した環境で教育を受けさせたいと、私立学校などへ通わせる親もいますが、多様化、グローバル化する社会で、「ハンディも含めて、いろいろな人々がいる」ことを幼い時から普通のことと受取り、受け入れていくことには、また大きな意味があると思います。 [include file=/rssb/12586/rss.html]

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私学の双璧、早稲田と慶應

早稲田大学と慶応義塾は、事あるごとに並び称されてきました。バンカラの早稲田にスマートな慶應ボーイというのは、私が知る限りでは、まさにその通りでしたが、最近はどうでしょうか。不景気の時には「三田会」のコネを期待して慶應の人気が高まるとはよく言われますが、どの会社も大なり小なり学閥はあるのではないでしょうか。いずれも歴史のある大学なので、人気が拮抗していますが、学科によって人気度に違いがあるようです。 [include file=/rssb/12583/rss.html] 早稲田大学は政争に敗れた大熊重信が1882年(明治15年)に創設した東京専門学校に始まります。日本の近代化を促進するためには人材育成が不可欠と考えて、そのとき設置されていたのが、政治経済学科、法律学科、理学科、英学科です。また早くから専門的実務者の育成にも尽力し、1902年には早くも大学部のほかに専門部を併設しています。また1978年には早稲田大学専門学校を開設しています。 一方慶応義塾は1858年(安政5年)に福沢諭吉が藩校として開いた蘭学塾「開塾」が始まりで、1868年(慶応4年)に「慶応義塾」と改称しています。1906年(明治6年)に早くも大学院が設置されています。また1917年(大正6年)に医学科予科が開設され、1920年(大正9年)には、医学部を含む総合大学として発足しています。1947年(昭和22年)からは通信教育部を開設しています。 両大学の年表を見ていくだけでも、その大学の方針が見えてきて、なるほどと思われます。 参考:早稲田大学HP 慶応義塾HP [include file=/rssb/12584/rss.html]

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津田梅子と津田塾大学

津田梅子のことは、誰でも歴史の授業で一度は習ったことと思います。満6歳という年齢で海を渡ったことは、今の時代でも考えられないことであり、まして明治4年ということを考えれば驚きです。最近は海外への日本人の留学生の減少が問題になっています。女子5人の留学生の中で、最後まで留学を全うしたのは年少の3人であったそうなので、出発してしまえば順応性があったのでしょうが、親の決断も相当なものだと思います。留学生を当初から「男女」とした政府も、今考えればかなり進んでいたと思います。最近の親は子供に冒険をさせないどころかモンスターペアレンツなる言葉も登場するくらいです。しかし当時、女性が置かれていた日本は留学生の親たちは別としても、まだまだ遅れていたはずです。そのギャップが女子教育に対する津田梅子の原動力となりました。 [include file=/rssb/12581/rss.html] 津田塾大学は1900年(明治33年)に「女子英学塾」として建学されています。以来、英語教育を中心として新たな学科を新設しながら今日に至っています。2000年には文部科学省の「特色ある大学教育支援プログラム」に津田塾大学の「発展し続ける英語気養育プログラム」が採択されています。国際関係などの分野の研究・教育にも力を入れて、21世紀の多様化する教育ニーズに応えるため、千駄ヶ谷に新キャンパスを新設しオープンスクールを開設、広く社会に貢献できる人材の育成を図っています。 参考:津田塾大学HP [include file=/rssb/12582/rss.html]

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